
2014年1月17日午前5時46分で阪神淡路大震災から19年が経ちました。
被災した人たちが、いろんな想いを抱いて神戸東遊園地に集まりました。
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そこには、たくさんのろうそくを灯した竹筒があり、筒には「祈り・絆・愛・願い・夢」などの言葉が書かれていました。中には、涙を流してろうそくに火を灯す人の姿もありました。
何年経っても忘れられない出来事であり、これからも語り続ける必要があると改めて感じました。
記帳を終えて、白菊を水の上へ献花し、その下にある「慰霊と復興のモニュメント」には、震災で亡くなったひとの名前を刻んだプレートがあります。家族にとって心が痛む場所だと思います。また、小さい灯ですが、亡くなった人と生き残った人をつなぐ「希望の灯り」が灯されていました。その場所に花が添えてあり、手を合わせる人たちがたたずんでいました。 |
竹筒に愛の文字
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折り鶴と名版 |
地震は自然被害ですが、阪神淡路大震災はたくさんの人たちを傷つけ、6千以上の方が亡くなりました。仕方がなく被災地から離れてしまい、自分の家に帰ることが出来ず他府県に移住された方も多くおられます。
私自身も自宅が全壊になり、仮設住宅で生活をしていました。時間が経っても、やはり当時のことが走馬灯のようによみがえります。あの大震災で受けた辛さ・苦しさ・悲しさは、忘れることが出来ません。
家族、友人、知人を亡くされた方の気持ちは、この19年間でどのように変化したのでしょうか、自宅が全壊・半壊した被災地の復興は完全に終わっていないのが現実です。
被災者が生活していく中で、まだ問題は残されています。
今回の「追悼・連帯・抗議の集い」では、『阪神・淡路と東日本を問わず一人の被災者も取り残さない!借り上げ復興住宅の明け渡し転居、強制をさせない!』をスローガンに掲げていました。みなさんと一緒に「1%の世を、人々の世に!」「命と人権、平和の世界」それは、人々の願いを込めた動きにこそ、実現の可能性があります。と、印象に残る文章が書かれていました。
5時30分から始まった集いでは、寒さのなか身体の冷えた参加者に温かい「ぜんざい」が振る舞われました。お昼からのステージは、神戸市役所前で開催されました。
司会者から今回の集いの趣旨と内容の説明がされ、賛同団体から挨拶がありました。部落解放同盟兵庫の橋本氏と全日建連帯地本垣沼委員長から、東北支援の取り組みなどが伝えられ、全ての人に生存権があり、弱者に対しては行政が支援する必要であることが語られました。
挨拶のあとステージでは、いろんなゲストの歌や踊りが披露されていました。
在日韓国青年同盟によるサムルノリの演奏と女性の方の歌などがありました。
続いて賛同人の全港湾関西地方大阪支部山元委員長と神戸市議会議員の粟原氏から、借り上げ復興住宅についてお話がありました。19年経っても、多くの問題が残っているのが現状です。被災者にとって今もなお厳しい状況であり安心して生活を送るには、行政がもっと復興支援するように市民や支援団体が声をあげて行くことが必要です。
このことは、東日本大震災で被災された人達にも、言えることです。
来年は、20年目です。私たちは、今後も弱者の視点を持ち、共に助け合わなければなりません。
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